生かされる活かされるいのち
なんて危ない橋を渡るんだろう。。。
決して、逃げることは許されない。
後に、一歩も退き下がることが出来ない橋を渡る。
医療から、一歩引いた場所で、人の身体に関わるってこと
これは実に危険な行為だ。
結果が出なくても、医療は言える
「全力を尽くしました、お気の毒でした」
それでも、刑事的に問われることは、極く稀なケースです。
しかし、医療とは別の部分において、人の身体に関わると
もし・・・マイナスの結果が出た時には、大変な立場に追いやられてしまいます。
刑事責任を問われ、怪しい信仰を勧めていたかの如くに言われるのです。
なのに、単純に医療だけを信じて身体を治して行きなさいとは決して言えない。
身体の痛み、物理的現象が、心のエネルギーのひずみとともに現れることもあり
心が決して、歪んでいるわけではないけれど
もう一ランク成長を促すためにのみ、身体に強くメッセージが来る場合もあるのです。
心を振り返ること
これがもっとも大切だ
充分理解と体験を持っている。
一歩精神が成長するために、さまざまな困ったことが起きる。
交通事故も然り、火災も然り、突然の災難に遭うこと然り
精神の成長そのチャンスの一つに病、体調不良がある。
私自身とて、まだまだの身なれば
いかにして、その一歩の成長を告げるか
成長の為の後押しをできるか
ほんの一かけらを気付かせるために、呼吸困難になることさえある。
そんなことを、身体だけ治そうとして、決して真の解決には至らない
こんなことをどの程度の医療者が知っているのだろうか。
先般、医療について書かれていた、崎谷医師もどれくらいご存じだろうか。
昨日、一人の女子に関わらせていただいた。
普通の常識で見れば体調不良にしか見えない状況です。
身体の流れが悪くなっている部分も当然あると思う故に、シッカリと体調を整える
その作業をさせていただいた。
数時間、親子ともどもかなり深い所まで、身体を見る、知る
そんな時間を共有して、ご帰宅頂いた。
その後に電話が鳴った。
「息をしていないんですぅ」
必死になって、我が子を呼ぶ夫婦。
「落ち着きなさい、冷静になりなさい
その子の名前を呼び続けても何の意味もなさない
なにを習って帰ったの!彼女の体調に突然の変化が起きたら、
自分たちの心を素直に吐き出しない、そう言ったでしょ!」
偉そうに叱りつける。
心の本音を素直に吐き出すことは、非常に気の流れがよくなるのです。
「その子は、大丈夫だから落ち着きなさい」
「あ、今は息をしています」
なんて危ない時間を共有するんだろう。
教えたことを何も実行していないじゃないか。。。と叱りつける。
偉そうに、何者か、お前は!と自分に問う。
「一度この電話を切るから、落ち着いて、素直に心を出し合いなさい。」
一時間後に、携帯が鳴っていた。
メールには、書かれていた。
「やっと目を開けました。
ここまできて、今泣き叫びました。
本当に本当にありがとうございます」
「死なないから、大丈夫だから」
言葉に出して、安心だけは残そうとする。
確かに、ハッキリと言葉に出来ること。
これを確認して、ご自分たちに任せることを選択する。
なんて危ないかけ橋を渡ろうとするんだろう。
私の身体は、さまざまな答えを教えてくれる。
決して、大丈夫ではない時には「大丈夫」とは言葉に出来ない。
いのちの危機の時には、死なないから。。。とは言えない。
さりとて、人間がゆとりを失くし、心を追い詰めてしまう時
その気は、苦しく呼吸困難にさえしてしまうのです。
いついかなる時にも、冷静になれることは重要なことなのです。
「急いで、病院に連れていきなさい」
そう言って、救急車を呼ばせたとしたら
己が責任を問われることもないだろう。
でも、人の身体は、心がすなおになるために警鐘を鳴らしてくれている。
このことをよく知っているだけに、安易に病院に逃げ込ませては
真の意味を為さない、とわかっている。
一段階、精神が成長するために、警鐘が鳴り続く。
おおきな気付きを持った時に、身体は思わぬほど楽になる。
人の健康とは、身体だけを見て生きていても無意味なのである。
命ある限りを健康に過ごしたいと万人が望むところだろう
しかし自分の健康ばかり見続けない、健康にばかりこだわり続けないことが、
一生を健康に過ごすと言う望みを叶得るためにとても重要なことなのです。
私自身の体験から言えること。
人に、心の成長を促す力が宇宙から作用する時
身体は、悲鳴を上げて、訴えてくるのです。
私自身に、過去何度も起きてきたことがあります
呼吸困難になり、手も足も動かせない、
言葉の欠片も出すことが出来ない、
眼も開けられない
身動き一つできなくなることに、幾度も遭遇してきた。
最長5時間、身動きできなかった。
その場にいる人々が、ある気付きに辿り着いた時
瞬間に、身体はふぅ~~っと何事もなかったかの如くに溶けた。
先ほどまでの苦しさが、うそのように楽になる。
結果、心と身体は、宇宙と一つに繋がっている
その身体の真実について知るのです。
繰り返し、繰り返し人の苦しみ痛みを身体で受け止め、乗り越えて、今がある。
既に病を宣告されている方々にも、同じことが言える。
患者であるご本人よりも尚、ご家族の精神の成長の為に病は起きてくる。
決して、身体だけを見ていてはならない。
己の心、人の心、家族の心
そして、次元を超えて示唆してくるメッセージ
この一つ一つ、気付くために身体は信号を発してくれるのです。
こころ素直に、生きていきましょう。
この記事を読まれて、記事の登場者が誰であるか
詮索しないでくださることを望みます。
必要以上のご心配を為さらないでくださいな。
ヨロシクお願いいたしますm(__)m
この出来事が、いつであったか
私自身の覚書として残します。
すなおに委ねてくださった、ご家族に心から感謝を送ります。
ありがとうございます。
★注★
病院に行ってはいけないとは申しません。
病院に行く時にも、同時に心の振り返り成長を、忘れないでいただきたいのです。
医療に委ねるだけでなく、どうぞ、ご自分の心を振り返ることも忘れないでください。
ご家族でも、相手のこころをわかろうとする努力を日々の暮らしに添えてくださいませ。
皆様のご健康を祈って、これを書き記します。
決して、逃げることは許されない。
後に、一歩も退き下がることが出来ない橋を渡る。
医療から、一歩引いた場所で、人の身体に関わるってこと
これは実に危険な行為だ。
結果が出なくても、医療は言える
「全力を尽くしました、お気の毒でした」
それでも、刑事的に問われることは、極く稀なケースです。
しかし、医療とは別の部分において、人の身体に関わると
もし・・・マイナスの結果が出た時には、大変な立場に追いやられてしまいます。
刑事責任を問われ、怪しい信仰を勧めていたかの如くに言われるのです。
なのに、単純に医療だけを信じて身体を治して行きなさいとは決して言えない。
身体の痛み、物理的現象が、心のエネルギーのひずみとともに現れることもあり
心が決して、歪んでいるわけではないけれど
もう一ランク成長を促すためにのみ、身体に強くメッセージが来る場合もあるのです。
心を振り返ること
これがもっとも大切だ
充分理解と体験を持っている。
一歩精神が成長するために、さまざまな困ったことが起きる。
交通事故も然り、火災も然り、突然の災難に遭うこと然り
精神の成長そのチャンスの一つに病、体調不良がある。
私自身とて、まだまだの身なれば
いかにして、その一歩の成長を告げるか
成長の為の後押しをできるか
ほんの一かけらを気付かせるために、呼吸困難になることさえある。
そんなことを、身体だけ治そうとして、決して真の解決には至らない
こんなことをどの程度の医療者が知っているのだろうか。
先般、医療について書かれていた、崎谷医師もどれくらいご存じだろうか。
昨日、一人の女子に関わらせていただいた。
普通の常識で見れば体調不良にしか見えない状況です。
身体の流れが悪くなっている部分も当然あると思う故に、シッカリと体調を整える
その作業をさせていただいた。
数時間、親子ともどもかなり深い所まで、身体を見る、知る
そんな時間を共有して、ご帰宅頂いた。
その後に電話が鳴った。
「息をしていないんですぅ」
必死になって、我が子を呼ぶ夫婦。
「落ち着きなさい、冷静になりなさい
その子の名前を呼び続けても何の意味もなさない
なにを習って帰ったの!彼女の体調に突然の変化が起きたら、
自分たちの心を素直に吐き出しない、そう言ったでしょ!」
偉そうに叱りつける。
心の本音を素直に吐き出すことは、非常に気の流れがよくなるのです。
「その子は、大丈夫だから落ち着きなさい」
「あ、今は息をしています」
なんて危ない時間を共有するんだろう。
教えたことを何も実行していないじゃないか。。。と叱りつける。
偉そうに、何者か、お前は!と自分に問う。
「一度この電話を切るから、落ち着いて、素直に心を出し合いなさい。」
一時間後に、携帯が鳴っていた。
メールには、書かれていた。
「やっと目を開けました。
ここまできて、今泣き叫びました。
本当に本当にありがとうございます」
「死なないから、大丈夫だから」
言葉に出して、安心だけは残そうとする。
確かに、ハッキリと言葉に出来ること。
これを確認して、ご自分たちに任せることを選択する。
なんて危ないかけ橋を渡ろうとするんだろう。
私の身体は、さまざまな答えを教えてくれる。
決して、大丈夫ではない時には「大丈夫」とは言葉に出来ない。
いのちの危機の時には、死なないから。。。とは言えない。
さりとて、人間がゆとりを失くし、心を追い詰めてしまう時
その気は、苦しく呼吸困難にさえしてしまうのです。
いついかなる時にも、冷静になれることは重要なことなのです。
「急いで、病院に連れていきなさい」
そう言って、救急車を呼ばせたとしたら
己が責任を問われることもないだろう。
でも、人の身体は、心がすなおになるために警鐘を鳴らしてくれている。
このことをよく知っているだけに、安易に病院に逃げ込ませては
真の意味を為さない、とわかっている。
一段階、精神が成長するために、警鐘が鳴り続く。
おおきな気付きを持った時に、身体は思わぬほど楽になる。
人の健康とは、身体だけを見て生きていても無意味なのである。
命ある限りを健康に過ごしたいと万人が望むところだろう
しかし自分の健康ばかり見続けない、健康にばかりこだわり続けないことが、
一生を健康に過ごすと言う望みを叶得るためにとても重要なことなのです。
私自身の体験から言えること。
人に、心の成長を促す力が宇宙から作用する時
身体は、悲鳴を上げて、訴えてくるのです。
私自身に、過去何度も起きてきたことがあります
呼吸困難になり、手も足も動かせない、
言葉の欠片も出すことが出来ない、
眼も開けられない
身動き一つできなくなることに、幾度も遭遇してきた。
最長5時間、身動きできなかった。
その場にいる人々が、ある気付きに辿り着いた時
瞬間に、身体はふぅ~~っと何事もなかったかの如くに溶けた。
先ほどまでの苦しさが、うそのように楽になる。
結果、心と身体は、宇宙と一つに繋がっている
その身体の真実について知るのです。
繰り返し、繰り返し人の苦しみ痛みを身体で受け止め、乗り越えて、今がある。
既に病を宣告されている方々にも、同じことが言える。
患者であるご本人よりも尚、ご家族の精神の成長の為に病は起きてくる。
決して、身体だけを見ていてはならない。
己の心、人の心、家族の心
そして、次元を超えて示唆してくるメッセージ
この一つ一つ、気付くために身体は信号を発してくれるのです。
こころ素直に、生きていきましょう。
この記事を読まれて、記事の登場者が誰であるか
詮索しないでくださることを望みます。
必要以上のご心配を為さらないでくださいな。
ヨロシクお願いいたしますm(__)m
この出来事が、いつであったか
私自身の覚書として残します。
すなおに委ねてくださった、ご家族に心から感謝を送ります。
ありがとうございます。
★注★
病院に行ってはいけないとは申しません。
病院に行く時にも、同時に心の振り返り成長を、忘れないでいただきたいのです。
医療に委ねるだけでなく、どうぞ、ご自分の心を振り返ることも忘れないでください。
ご家族でも、相手のこころをわかろうとする努力を日々の暮らしに添えてくださいませ。
皆様のご健康を祈って、これを書き記します。
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