どんな人間にも愛情を

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おはようございます。

今日は、目が開け辛くなる記事に多く遭遇します。
心眼を開けよ…と書かれている文字を目にした瞬間に
目はピタリと閉じて、一言一句詠むことが出来なくなってしまいました。

こころの目で、人を、物事を見ようとすること。
これは大事なことです。
ただ心眼を開けようとすることは、それとは異なることです。

いついかなることに遭遇する時も、決して目にしている現実だけに捉われたままにならないこと。
これが大事なんですね。

子供が泣く
すると、お腹がすいたからとか、おむつが濡れているからだとか
すぐ現象面だけに捉われますね。

子供が泣く時にも、心で泣いている原因を見極める。
子供、特に赤ん坊は、まだ言語能力が開花していませんね。
従って伝えたい言葉の変わりが泣くと言う現象になるわけです。

ネコが、犬が鳴く吠えるってことも同じです。
いつでも、すべての現象を心の目を開いて見ることが出来るようになること
出来るように過ごして行きたいものですね。

今日一日、今週一週間、明日から始まる一ヶ月間
いつでも、心の眼で見ることを気を付けて生きて見ましょうか。

月末です、お世話になっているメーカーさんに振り込みに行って来ましょう。
少しでも早い時間に。
今月もありがとうございましたの感謝のこころを携えて。



先ほど、2003年に起きた哀しい事件のことが書かれていました。
22歳にして、偽装結婚の挙げ句に、若い妻を惨殺した事件でした。

コメント欄に書きたくなったことは以下のことでした。


おはようございます、哀しい出来事ですね。
家庭に平穏がなく、ドンドン悪に染まって行ッてしまった被告もその周囲の少年たちも含めて、人を苦しませることをこんなにも簡単にできるようになっていく、そのこと自体を止めることが出来る誰にも遭遇しなかったこと、それ自体が、哀しい出来事だと思います。
誰かの大きな愛に出遭えていれば、変わることも出来たであろうにと残念です。
レ・ミゼラブルがあんなにもロングランで放映されたけれど、あの映画から、はたして人は、悪のただ表面を捉えたままで生きていかないこと、悪を犯す人間にこそ、愛を送らねばならぬこと、
この大事なことを、こころで見ることが出来ているのでしょうか。
なにかやりきれない哀しさが襲います。

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