食に関して

おはようございます。

通りすがりに咲いていた、ベルフラワーです。
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人は、豊かになって来ると、不要なことを考え出すと思うんです。

食料が不足している時、あるものを食べて、それで生きていける。
ところが、足り過ぎていると、あれはダメこれはダメと考え始めます。

ずいぶん前から、食育と言うことが提唱されてきた。


我が家は、この食育が言われ始めた頃、流れに逆らうがごとくに食がイイ加減になりました。


こころに、人の為にの想いがどっかりと根ざしてきた時から
新たな考えが生まれ始めたからです。

また、人の悩みごとの相談に時間の制限も持たずにやっていると、自分の家のことがする時間が無くなったのです。
育ち盛りの子供たちが、お夕食も足れずに寝てしまうことも度々でした。

でも、文句を言わない子供たちは、むしろ病気をしなくなりました。
カップラーメンだけで寝ることも、それさえも食べずに寝ることもありました。


造らない内に、新鮮だった野菜も古くなります、
それでも捨てられないから、なんとかして食べさせます。

でもでも、彼らは、以前よりも病気をしなくなったのです。


食事に気を付けて、シッカリ種類も食べさせていた頃
彼らは三人とも、喘息、アレルギー、鼻炎とありました。

どくだみを煎じたり、黒酢がいいと聞けば黒酢を・・・と
一生懸命、治すために心を砕いていたことが、自然と消えて行きました。


別に、あるものを食べたくなるものを食べればいいんだ。
ある物を、適当に食べていても、食べている物が原因で身体を壊すことなどない。
要は、心がすべてを造り出すんだ、と得心したからです。


肉は、ほかの命を犠牲にしている
そんな当たり前のことだけれど、改めて、認識する。
すると、少しくらい古くなっても捨てるなんて、とんでもない!出来なくなってきた。
何とかごまかして食べさせようとするようになってきた。

それでも、誰もお腹を壊さない。
ただ、新鮮な食品より美味しくないことは間違いないけどね。

ミエコには何を食べさせられるかわからん
子供たちは口々に言いました(笑)

それでもみんなやさしく受け入れてくれました。


身体にいいとか悪いとか
自分のことばかり考える方が、よほど、毒を造ります。

あるものに感謝して、不足を想わない心になること
この方が、身体にとっていいことになるのです。

自分自身が、食べたり食べなかったりいい加減です。

だから、夕食の時間が何時になろうが、問題ありません。

決まった時間に食べなければならない
その習慣があれば、決まった時間に食べれなければ、不満が生まれます
身体が、食べなければお腹がすいて困ってしまうのです。

いい加減に生きていれば、何事が起きてもそれに自然と対応できる
そんな感じです。

きちきちっと、決まった時間に食事をし、身体にいい食べ物をと生きてきた人の方が、突然の事態には対処が大変でしょう。
イイ加減であれば、身体がそれに対処できるように成って来る、
少々の困難にはめげないようにもなるってことですね。

自然農法で造られた野菜でなければ、身体に毒素がたまる
なんてことを聞きました。

確かに不純物が入らない野菜は美味しいでしょう。
でも、無駄なこだわりを捨てたほうが、神様からご加護を頂けそうな気分です(笑)

人のためにと言う心を、胸に抱いてから、20年以上たちました。
それ以来、自分のことが、かなり放りっぱなしです。
しかししかし、自然と自分のことがいい方向に流れてき始めたことを感じます。


数日前のことです。

無性に、堪え難い気分が、切なくってやりきれない
背中から、キュウッと苦しくって切なくってどうしようもない気分がやってきます。
することはたくさんあるのに、何もしたくなくなってしまいました。

だれからだろう
どこからだろう

数人思いつく人はありました。。。が

仕事の手を止め、カウンターの中に座り込んで、手当たり次第に食べ始めました。
ひとしきり食べてしまうと、心に迫ってきた切なさ苦しさが落ち着きました。

この時、改めて、食べ過ぎになる人、結果太ってしまう人の気持ちがわかった気がしました。
切ないと食べ過ぎたり、逆に、何も食べれなくなったりするんですね。25

そんない食べてたら、太るよ
なんて心ない言葉を決して使わないようにすること
肝に銘じておきましょう。



また
身体に悪いと言われる食べ物ばかり食べるとします。
その時は、心に、身体を悪くする原因が潜んでいるのです。
だから、食べ物を正そうとすることよりも大切なことがあるわけです。

あら、心なにか切ないのかしら
気付ける思いやりを忘れないことが大事ですよね。

甘い物がめったやたら欲しくなる
辛過ぎるほど辛い物が好き
人にはそれぞれ好きな食品に差があります。

よく見ると、性格が見えてきますよね。

好きな食べ物で、性格診断できるくらいですよ(笑)


なにがいいとか悪いとか、こだわれば、こだわる心が造り出す物がある。
これが良いと思い込んで、食の制限をし続ける。
子供は、制限された食事に不満を抱えて我慢して生きるとします。
無理やりな、我慢する心の方が、危険な心を造りかねません。

例えば、猫にはチョコレートは厳禁だと聞く
だが、食べたがる
だから、欲しがる量を与えてしまいます。
彼らは、私たちよりも、敏感だから、身体に悪ければ食べないさ、と思うのですよ。
少量食べたら、それ以上欲しがりません。

この家に来て14年だろうか、取り立てて病気もしません。
病気を一度したことがありますが、私たちの心が原因を発している時です。
ごめんね、マメタロー。


言いたかったことは、食べられること自体にただ感謝出来る心を見つけましょう。


先日、独についての実験結果が書かれていました。

言っていの量の毒をラットに、一度に食べさせました。
当然、死んでしまいます。
ところが、同僚の毒を、回数を分けて与えました。

次第に毒に対する抵抗力がついて行くわけですね。
死んだ量と同じ量を与えたのですが、死にません。
自然と、毒に対する免疫力が出来ていたんです。


あるがままに

なんて言葉よく言われます。

食もあるがままに
それでいいと思う次第です。


すべては、想念の結果ですから

どのようなすばらしい育て方で造られた野菜でも、造る手に毒の心があれば
そのあるがままが、身体に自然と現れてくるわけです。


自分の心に責任を持って、心クリーン運動でも日々自分一人でも続けましょうか。
なにより健康に良いことが起きるでしょう。

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